退職エントリ

退職エントリなどを書きます

表現の仕方の違い La differenza in come esprimere

鉛筆でなら、上手く絵を描く自信がある。人が描いた鉛筆の絵も、見ればよく理解することができるし、間違いを正すことも容易にできる。

しかし、ボールペンで絵を描くことのほうが世の中の主流になりつつある。世間にはとっくにボールペン人口のほうが多いし、ボールペンで描かれた絵を理解することで得られる情報も多く、新しくなってきている。

もちろん、鉛筆でもボールペンでも絵は描ける。しかし可能な表現が少し違う。

 

33歳で、今までまったく触れたことのない言語を覚えてみて、やっとわかったことがある。何かを言うということは、何かを表現するということだということ。当たり前のことだし、理屈はわかっていたけれど、理解できてはいなかった。

中学高校と英語を勉強する。しかし、それはただ日本語文と英語文の対応を暗記するだけのもので、何かを表現するための勉強ではなかった。自分にとっての初めての外国語学習がそのまま自分にとっての外国語になったので、つまり外国語は何かを表現するためのものというよりは、暗記するためのものだった。

だから、日本語で話すということと外国語で話すということが、じつは同じ行為なんだということを知らなかった。そのどちらも、言語になる前のものを表現することなんだと。それは感覚や思想や意思や関係であって、ある言語でまた別の言語を表現するということではない、ということがわかっていなかった。

 

誰と誰であっても、それが同じ人間同士なら、そういった言葉になる前のものたちは、共通している部分が多い。だから空腹な人間のうち、日本語話者は「おなかがすいた」と言うし、英語話者は「I'm hungry」と言うし、イタリア語話者は「Ho fame」と言う。たぶんそれがために、「おなかがすいた」イコール「I'm hungry」イコール「Ho fame」なんだと勘違いしていた。でも実際には違う。この場合なら空腹感だけが共通していて、言葉はイコールではない。

きっと自分が気付くのが遅いだけで、これは一般的な感覚なんだと思う。

 

「玉掛作業は 有資格者で」

工事現場の前を通りがかったときになんとなく中を覗いてみたら、こんな言葉が書かれていた。

玉掛作業は 有資格者で」

この言葉にちょっとした違和感を覚えた。

 

意味はわかる

玉掛作業(たまかけさぎょう)」という言葉については知らなかったが、その下に、クレーンに資材を引っ掛けている作業員のイラストがあったので、それのことだとすぐに理解できた。Wikipedia によると、クレーンへの掛け外し作業のことを「玉掛け」と呼ぶらしい。

玉掛け - Wikipedia

イラストと「玉掛作業は 有資格者で」という言葉から、「玉掛作業は、有資格者だけが行うこと」という意味なんだなと理解することはできる。

 

違和感の理由は何なのか

意味はわかるのに違和感は拭えない。それは「玉掛作業は 有資格者で」という言葉のもともとの姿が見えないからではないだろうか。

工事現場や作業所に書かれている注意文言は、ひと目で理解しやすいように概して短く書かれているものだ。「玉掛作業は 有資格者で」の場合もそうで、全角スペースの部分が改行され、大きなフォントでの記載になっていた。余計な文言が除外されているおかげで、一読してわかりやすくなっている。

では「玉掛作業は 有資格者で」から除外された余計な文言はいったい何なのだろう。

 

玉掛作業は 有資格者で(行うこと)」だとしたら

除外されたのが「行うこと」だとしたらどうだろうか。「玉掛作業は有資格者で行うこと」。いささか「有資格者」を道具としてみなしているように聞こえる。もし仮にこれが本来の文言だとしたら、これは現場監督や作業責任者に向けてのみ書かれるのが相応しい。

しかしこの文言は、実際には「安全第一」などと同じ場所に、同じ大きさで記載されていた。その状況だけを見ると、どうも一部の人間だけでなく全体に向けて書かれたものだと思わざるをえない。

 

玉掛作業は 有資格者(だけ)で(行うこと)」だとしたら

では、「行うこと」以外に「だけ」が省略されているとしたらどうだろうか。これならば作業者全体が念頭に置くべき事項のように思える。資格のない者にとっては、自分が玉掛け作業を行ってはいけないことが理解できるからだ。

しかしこれでは省略されすぎていて、本来の文を連想しづらいように思える。また、もし仮にもとの文が「玉掛作業は 有資格者(の監督のもと)で(行うこと)」だとしたら、無資格の作業者が気をつけるべきは、自分が作業を行ってしまうことではなく、その際に有資格者がまわりに存在していないことになってしまい、文意が変わってしまう。このような曖昧な省略は必ずしも適切でないだろう。

とはいえ現実にこの曖昧さは問題になっていない。それはおそらく工事現場において玉掛作業時の注意点が周知の事実となっていて、今さら言われるまでもないことだからなのだろうと思う。

 

より適切な文言があるのか

ここからは、もとの文が「玉掛作業は、有資格者だけが行うこと」という意味の文言であると仮定して、5文字2行の合計10文字の範囲でもっとうまく表現できないかを考えてみたい。要件は以下の通りだ。

  1. 短いこと(5文字で2行、計10文字以内)
  2. 一読して文意が伝わること

 

文言案たち

「有資格者が 玉掛作業を」

一番に思いつくシンプルなタイプはこれだろう。本来の文言である「有資格者が玉掛作業を(行うこと)」も連想しやすい。

ただし「述部が文末に来る」という日本語の性質から、「有資格者が玉掛作業を(行ってはいけない)」でないとも言い切れないし、「有資格者が」のほうが先に来ていることからそちらのほうが目立ってしまい、すこし「玉掛作業」が頭に入って来づらい気がする。

他にも考えてみよう。

 

玉掛作業は 資格者のみ」

「有資格者」から「有」をさらに削り、その続きを「のみ」とすることで「有資格者だけが作業を行える」という意味合いを強調してみた。これなら工事初心者(そんな人が現場にいるのかどうかは不明だが)にも、周知の事実となっている事柄が理解しやすいのではないだろうか。

ただしこれもひとつ目の文案と同じように末尾が「〜が行ってはいけない」などではないとは言い切れない(そもそもそんなひねくれた人間に注意文言を考えさせてはいけないけれども)。

もうひとつだけ考えてみよう。

 

「無資格玉掛 事故のもと」

「無資格玉掛」という言葉を新たに用意したもの。また同時に、「なぜ玉掛作業は有資格者だけに許されているのか」が理解できる文言を追加した。字余りながらも七五調になっていて語呂も良い。

この文言の弱点としては、「無資格玉掛」が造語であることだ。読んで字のごとくであり、本来の言葉に意味を付加したようなトリッキーな造語ではないので、何のことか理解できないようなものではないだろうが、一読して意味が理解できる可能性は下がるだろう。

 

違和感のない省略は意外と難しい

こうして考えてみると、まったく違和感を覚えないような文案は思いつくことができず、言葉選びが意外に難しい作業だった。あまりすっきりしない結末で申し訳ないが、また何か違和感のある言葉を見つけたらこうして同じように考えてみようと思う。

 

またここまで読んでくださった方には、「例えばこの言い方はどうか」など思うところがあればぜひ、コメントや現実にて教えていただけますと幸いです。

 

2016年をふりかえる

あけましておめでとうございます。2017年ですね。

 

2016年の振り返り

mizunokura.hatenablog.com

 

2016年については去年予め振り返ってしまったので、2017年の話をしましょう。

 

2017年の目標

本をたくさん読むこと

去年はあまり本が読めませんでした。

ディアスポラも職場に置いたままだし、Look Who's Back(帰ってきたヒトラーの英語版本)も読み途中だし、積ん読がはかどりすぎて家の本棚がおしゃれじゃない人の本棚になっている*1のです。

読み終えたところで本が消えるわけではないんですけど。

 

お酒をおいしく飲むこと

去年はあまり酒が飲めませんでした…と言いたいところですが、そういうことはまったくなくて、むしろたくさん飲ませていただきました。

経験から「日本酒が好き」「なかでも山廃純米酒が好き」「山廃純米の菊姫が好き」ということはわかっているのですが、これを今年はもっと広げて、菊姫以外に好きな酒の傾向を知ろうと思います。

なぜ今まではそれができていなかったのかと言えば、飲みすぎて味がわからなくなるからなんですけどね。ほどよく飲むことにします。

 

確定申告をやる

いやなんか、やらないといけないらしくって。

 

ボールペン字をやる

いい加減大人らしからず字が汚いので。

 

キャリアとかちゃんと考える

大人なので…。

 

プライベートに計画とかちゃんと立てる

大人なので…。

 

稼ぐ

金は裏切らない。

 

いい加減大人になろう

2017年ですからね。

ではまた1年後に。

*1:※おしゃれな人の本棚ではまず起きないことが起きている本棚のこと。文庫が置かれた上のスペースに別の本が平積みされていたり、前後の空間を使って最大限に本が置かれていたり

「〜ので、〜ので」を使うな

最近「〜ので、〜ので」を見かける回数が増えてきましたね。

 

「〜ので、〜ので」とは何か

「〜ので、〜ので」をご存じない方のために説明しますと、「〜ので、〜ので」とは、理由と結果をつなぐ役割をもつ接続助詞の「ので」を、①一文中に②各「ので」のあいだに結果をともなうことなく③繰り返し使用する文章のことです。

例を下にみっつ記します。

  • 彼には好き嫌いがあるので、ホルモンが食べられないので、ホルモン鍋も食べることができない。
  • あそこは危険なので、入ってはいけない場所なので、近づかないでおくことにした。
  • 彼女はお金がないので、一緒に遊びに行くことができないので、友達がいなかった。

 

気持ち悪い

常々、こういった文を見かけるたびに気持ち悪いと感じていました。

その理由はなんとなく頭の中にあったのですが、整理するためにも一度文に起こしておこうと思います。

 

ちょっと脱線して、ここで自分のことを説明します。

僕はどちらかというと、「言葉は相手に通じるように適切に選ぶことができていれば良い」と考えているタイプの人間です。

つまり、「いつも正しい文法で(話さ/書かれ)なければならない」だとか、逆に「多少崩れていても、それでわからないほうがおかしい」だとかいう言説には、どちらにも同意しません。

相手に通じるように適切に選ぶことが大切なのであって、文法的に正しい言葉遣いが必要な場面ではそれを選択し、そうする必要のない場面では多少フォーマルな言葉遣いから崩れていても問題ないと考えます。

それがため、過度な言葉狩りは嫌いですし、文法的におかしな日本語で書かれているWebメディアのこともまた、嫌っています。

 

脱線終わり。

 

「〜ので、〜ので」が気持ち悪い理由

ここから本題に入ります。

 

理由が来ると思ったら来ないこと

文を読んでいて「〜ので」が来ると、心の中に「次には結果が来るんだな」という構えができます。

 

しかし、「〜ので、〜ので」の場合には結果が来ず、しかも結果ではなく追加の新しい理由が来ます。

この心構えが裏切られたときの、リカバリのためにかかる頭の中の動きが無駄で、気持ち悪いのです。

 

イメージしてもらいやすくするため、僕の頭の中での動きを表現します。

僕の頭の中には、「理由が入る箱」と「結果が入る箱」各ひとつずつのセットが、文章を読んできた積み重ねによって作られています。

 

①「〜ので」を見たとき

→ 「〜ので」の前までを、理由が入る箱に入れる。さらに結果が入る箱を用意する。

②次の「〜ので」を見たとき

→結果が来なかったので、脳内が慌てる。理由が入る箱を空けようとして、さっきまで入っていた理由をいったん消し、文を読み直す。

③「〜ので、〜ので」の存在を確認する

→「〜ので、〜ので」を「〜で、〜ので」に置き換え、ふたつを合わせて理由が入る箱に入れておく。

④結果を見たとき

→ここで文意がやっと理解できる。

 

例文ひとつ目の「彼には好き嫌いがあるので、ホルモンが食べられないので、ホルモン鍋も食べることができない。」に当てはめて説明しますと、

①「〜ので」を見たとき

・理由が入る箱:彼には好き嫌いがある

・結果が入る箱:空

次の「〜ので」を見たとき

・理由が入る箱:空(削除)

・結果が入る箱:空

「〜ので、〜ので」の存在を確認する

・理由が入る箱:彼には好き嫌いがあり、ホルモンが食べられない

・結果が入る箱:空

結果を見たとき

・理由が入る箱:彼には好き嫌いがあり、ホルモンが食べられない

・結果が入る箱:ホルモン鍋も食べることができない

 

これがもし「彼には好き嫌いがあり、ホルモンが食べられないので、ホルモン鍋も食べることができない。」だったとしたら、文中に「〜ので」はひとつしかないので、理由の箱には最初から、「彼には好き嫌いがあり、ホルモンが食べられない」が入ります。

つまり、上の流れの③と④だけで終わるのです。

 

それを僕が読み慣れていない「〜ので、〜ので」で書かれているがため、すんなり理解することができず、気持ち悪い。

 

もし「〜ので、〜ので」を苦手とする理由がこれだけなのであれば、僕が慣れていないというだけのことですので、慣れるための努力をしたことでしょう。

しかし理由はこれだけではありません。

 

続くほうの「〜ので」が、理由であって結果でもあるように読めること

ふたつ目の例文の「あそこは危険なので、入ってはいけない場所なので、近づかないでおくことにした。」について考えていきます。

 

  1. あそこは危険
  2. 入ってはいけない場所

このふたつの理由は、両方が「近づかないでおくことにした」にかかっているのでしょうか。

  1. あそこは危険 → 近づかないでおくことにした
  2. 入ってはいけない場所 → 近づかないでおくことにした

 

それとも、「あそこは危険」だから「入ってはいけない場所」で、「入ってはいけない場所」だから「近づかないでおくことにした」なのであって、「あそこは危険」だから「近づかないでおくことにした」ではないのでしょうか。

 

  1. あそこは危険 → 入ってはいけない場所
  2. 入ってはいけない場所 → 近づかないでおくことにした

 

 

もし、意味だけにしたがって読めば、上記のパターンはいずれもが不十分だということが読み取れます。

  1. あそこは危険 → 入ってはいけない場所・近づかないでおくことにした
  2. 入ってはいけない場所 → 近づかないでおくことにした

「あそこは危険」だから「入ってはいけない」し、「近づかないでおくことにした」のですから。

 

しかしながら、文法だけにしたがって読んだとき、「〜ので」はひとつの結果しか伴いません(少なくとも、僕はそういう読み方に慣れています)。

そのため、「あそこは危険なので、」から「入ってはいけない場所」と続くと、「あそこは危険なので、」はその後の二つ目の結果である「近づかないでおくことにした」には結びつくことができないのです。

 

この差異で、脳内に混乱が起きます。

最近ではさすがに読み慣れてきたので、脳が勝手に「〜ので、〜ので」を「〜で、〜ので」と読み替えていますが、最初から「〜で、〜ので」と書いてある文章のほうがその手間がなく、読みやすいと感じます。

 

最初から「〜で、〜ので」などと記載すれば良いものを、なぜわざわざ「〜ので、〜ので」と書き、読み手の理解に混乱を招くのでしょうか。

僕にはそこが理解できないので、慣れるための努力ができないのです。

 

 

以上です

このふたつが、僕が「〜ので、〜ので」を読むことを苦手としている理由です。

 

ところで何人かの読者は、「え?みっつ目の理由はないの?」と思いませんでしたか?

「例文はみっつあって、理由の中でふたつまで引用されたんだから、理由もみっつあると思った」のであれば、その違和感は、僕が「〜ので、〜ので」に対して感じているものに近いものです。

 

また何人かの読者は、「この記事を書いてる人、なんでわざわざ『ひとつ』『ふたつ』『みっつ』って平仮名で書くんだろう。『1つ』『2つ』『3つ』や『一つ』『二つ』『三つ』のほうが短いし、視認性も良いのに」と思うかもしれません。

それもまた僕が「なぜわざわざ」と感じている違和感に近いものです。

 

 

もし「〜ので、〜ので」に慣れるべき理由があれば知りたいので教えてください。

2016年 遊んだ中で記憶に残っているボードゲーム

この記事は ボドゲ紹介 Advent Calendar 2016 の18日目です。

 

2016年も年の瀬ということで、今年遊んだボードゲームの中で、とくに記憶に残っているものをそれぞれ簡単にですが紹介していきます。

※ 紹介するボードゲームは「僕が個人的に今年遊んだ」というだけであって、今年発売されたものに限りません。

 

まず何を遊んだのか

たしか他にもあったような気がしますが、このぐらいで。

 

バトルライン

バトルライン 日本語版2016

プレイ時間:〜30分 人数:2人

 

紀元前333年にマケドニアとペルシアのあいだで勃発したイッソスの戦いをテーマにした、二人用カードゲームです(TCGにあらず)。

夫婦二人暮らしでさくっと遊べるゲームを遊ぶことが多い我が家ですが、今年はこのバトルラインがとくに頻繁に遊ばれました。

 

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ダリウスとアレキサンダー

 

このゲームは、兵士を意味する戦列のカードと、上の二枚のように特殊効果をもった戦術のカード、プレイヤーが互いに奪い合うための9つのコマで構成されています。

 

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戦列のカード(数字と色が重要)と、コマ。

 

まずコマを9個、横一列に並べます。

プレイヤーはお互いに手札からカードを1枚ずつ場に出しては、戦術または戦列カードの山札から1枚引いて手札に加える、を繰り返します。

カードを出す位置は、いずれかのコマの前(相手と自分の出したカードは混ざらないようにします)。

自分の側に3枚のカードが出た時点で、できたカードの組み合わせにより、陣形の強さが評価されます。

 

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こんな感じの配置。写真は最強の役となるウェッジ。

 

役が相手よりも強かった場合、もしくは、相手がより強い役を作れない場合(ただしこのとき戦術カードは考慮しない)、コマを取ったことになります。

こうして、連続する3つのコマ、もしくは5つのコマを取ったほうの勝ちです。

 

いやーこれ、見ての通りルールは簡単なんですが、相手の手札を読んだり戦術カードの山札を読んだり、自分のカード運を頼んだり、それでいて定石のようなものがあったり、バランスが良くて癖になります。

 

CUBERICK

CUBERICK

プレイ時間:〜15分 人数:2人

 

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木製の手触りの良いキューブ。

 

これまた二人対戦のテーブルゲームで、感覚としては五目並べに近いです。

木製のキューブの裏側は緑と黄色に塗り分けられていて、お互いにキューブを置いたり動かしたりしながら、それぞれが担当する色のキューブを4つつながるように配置したほうの勝ちです(ぷよぷよで、ぷよが消えるような置き方)。

バトルライン以上にルールが単純なこのゲームですが、それだけに間口が広く、友人はこれを小学生くらいの姪っ子さんへの贈り物にしていました。

それでいて定石が見えづらく、運の要素もあるので、何度も楽しめる作品になっています。

 

Eclipse

Eclipse

プレイ時間:〜240分 人数:6人

 

宇宙での勢力同士の攻防を舞台にしたストラテジー・ボードゲームです。

 

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全景。めちゃくちゃ重たい部類のゲームです。

 

プレイヤーは担当する勢力(プレイヤーごとに個別)を選び、自分の母星を起点に周囲を開拓したり、植民したり、科学技術を研究したり、艦船を建造したり、ときには戦闘したりしながら、勢力を拡大していきます。

 

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プレイヤーが担当する勢力のボード。

 

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勢力の版図。

 

最終的には、以下の達成により得られた勝利点がより高いプレイヤーの勝ちとなります。

  • 科学技術の研究
  • 戦闘への参加
  • 戦闘での敵艦船の撃滅
  • 他勢力との同盟
  • 開拓と植民による惑星支配
  • モノリスの建造
  • その他

見ての通り勝利点を得る方法はいくつかあり、どの手法で勝利を目指すかはプレイヤー、そして勢力次第です(勢力ごとに得手不得手があるため)。

その選択肢の多さや、他プレイヤーとの戦術の読み合い、直接的な争いが楽しいゲームです。

 

このゲームは友人が所有していて、自分は過去5回程、夫婦では1回だけ参加させてもらって遊んだのですが、意外にも奥さんの受けも良かったものでした。

奥さんはほとんど重たいゲームを遊んだことがなく、この前にはプエルトリコを遊んだぐらいだったので、途中で疲れるかなと思っていたのですが、最後まで遊ぶことができました。

2時間ぐらいのゲームは遊べるけども、TRPG ぐらい(6時間くらい)になるとちょっと厳しい、といった人は、一度遊んでみると具合がわかっていいかもしれません。

 

 

おわりに

以上、2016年でとくに記憶に残ったゲームでした。

本当はプエルトリコもなかなかに遊んだのですが、まだ紹介できるほどには回数を重ねていないので見送りました。

 

来年2017年の春には、待望の Dark Souls The board game の発送がありますね。

4Gamer の試遊レポートを読むだに期待が膨らんで、今からもう待ちきれません。

www.4gamer.net

 

こちらについても、またレビューなどが書ければいいなと思います。

 

以上、ここまでお読みいただいてありがとうございました。

 

ギター小僧

みなさんこんばんは、わしです。

 

この記事は 僕に「○○」の話させたら長くなりますよ Advent Calendar 2016 の11日目です。

 予告通り、村下孝蔵さんの話をします。

※本文中にAmazonのリンクがいくつか出てきますが、アフィリエイトではありません。

 

 

村下孝蔵さんについて

村下孝蔵さん(むらした こうぞう)は、1953年2月に熊本で生まれました。

幼少時代は加山雄三さんに憧れ、エレキギターをご両親にせがんだものの買ってもらえず、ギターを自作して(実際にはシタールのような音だったそうですが)母親の化粧台の前でポーズを真似たりしていたそうです(か、かわいすぎる……)。

その後18歳(1971年)で広島で暮らしはじめ、エレキからフォークに持ち替え、22歳から26歳(1975〜79年)まではピアノの調律師として働き、27歳(1980年)にシングル「月あかり」でプロデビューしました。

いくつかのリリース後、30歳(1983年)に「初恋」でオリコンチャート3位を記録。

39歳(1992年)に「ロマンスカー」を発表(この曲は村下孝蔵さん自身一番のお気に入りだそうです)。

46歳(1999年)、高血圧性脳内出血により、あまりにも若くして逝去。

もし生きておられたら63歳です。

今もなお多くのアーティストが別れを惜しみ、毎年同窓会としてライブが開かれています。

 

村下孝蔵ホームページ

※公式ウェブサイト

www.sonymusic.co.jp

※SonyMusic による特設サイト

 

村下孝蔵さんの良いところ

歌がうまい

「歌手に対してなに言ってるの?」と言われそうなくらい当たり前のことなのですが、村下孝蔵さんは本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に歌がうまいです。

 

メインになるメロディーは一番出しやすい音程に合わせていると思うのですが、その声が本当に強く、透き通って、かっこいい。

低い音程ではほんの少しだけ掠れるのですが、それがまた渋さを演出して良い。

それでいて高音も綺麗で、伸びがあり、感情を揺さぶられます。

 

そしてなによりCDよりも、ライブのほうがうまいんです。

生歌になるとちょっと不安になるアーティストも世の中にはいますが、村下孝蔵さんは本当に安心して聞いていられます。

たまに演奏中ギターの弦が切れたことはありますが、それはご愛嬌。

 

ライブでの音源の入ったCDが、Amazon プライム会員であれば全曲視聴可能です。

https://music.amazon.co.jp/albums/B00FYKWW9I?do=play&ref=dm_ws_dp_ald_bb_phfa_xx_xx

ぜひ聞いてみてください。

某動画サイトにもいくつかあります。

 

ギターがうまい

歌だけでなく、ギターも超絶うまいです。

少年時代からの積み重ねが、その腕に如実に表れています。

フォークだけでなくエレキもお上手で、ギターの若大将の「ブラック・サンド・ビーチ」や「夜空の星」を演奏されている動画が 某動画サイトにあがっています。

ライブではもちろん、弾き語りです。

 

曲が良い

村下孝蔵さんの曲は、ギターの曲以外にもピアノや電子音の入った曲もいくつかあります。

まずイントロが美しい。

どの曲もそのイントロに誘われて、歌い出しが優しく、音程がかなり上下するにもかかわらず、歌い声が強く優しいためか、メロディラインがなめらかで、印象的なサビ、あまり繰り返しを多用しない曲調。

印象的な歌詞の部分は曲によって強調され(ただ音が強いというわけではなく)、後述する村下さんの素晴らしい歌詞をなおさらに引き立てています。

 

曲によってはピアノバージョンやギターバージョンがあるものもあるのですが、不思議とどの楽器で演奏されてもそれぞれに良い。

 

ギターバージョンの集められたアルバムもあります。

https://www.amazon.co.jp/GUITAR-KOZO-%E6%9D%91%E4%B8%8B%E5%AD%9D%E8%94%B5/dp/B00276HO7C

このアルバムの中ですと、「ロマンスカー」という曲が通常版・ギター版の違いがわかりやすいと思います。

 

こちらは通常版が収録されたアルバムです。

https://www.amazon.co.jp/GOLDEN%E2%98%86BEST-%E6%9D%91%E4%B8%8B%E5%AD%9D%E8%94%B5%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%BA-%E6%9D%91%E4%B8%8B%E5%AD%9D%E8%94%B5/dp/B00CIXE486

 

歌詞が良い

歌声が良く、演奏がうまく、曲も良い。

もしも歌詞も良かったら、最高じゃないですか?

その最高なんですよ!!

 

村下孝蔵/歌詞:初恋/うたまっぷ歌詞無料検索

オリコンチャート3位獲得曲、初恋です。

歌詞を見てみてください。

1フレーズ目から、「え?」と思いませんか。

諸々に配慮して転記しませんが、そこで聞き手の意識を引き込むのが、本当にうまい。

そして同時にこの1フレーズ目がとても印象に残ります。

 

サビも良い。

まざまざと情景が描写されているので、主人公の寂しさ・切なさに無理なく共感できます。

「初恋」では学校が舞台ですが、年齢・時代・回数に限らずいつまでも、恋をしたときには同じ気持ちになるのではないでしょうか。

 

そしてサビ後のフレーズもまた良い。

歌い出しと同じく、パッと聞きには「え?」と思うようなフレーズなのですが、同じフレーズを2番、繰り返しパートとで聞いていると、まさにこの歌詞のように、心の中に残ったまま離れなくなりませんか。

 

村下孝蔵さんの歌詞には、英語がほとんどまったく出てきません。

個人的には、それも聞き手の共感を呼ぶのではないかと思います。

同時に古臭く聞こえるという意見もなくはないのですが、聞き慣れた言葉を使った、しかしながら聞きなれない組み合わせで、新鮮な感動を自然に呼び起こしていると思います。

 

曲のタイトルが良い

村下孝蔵さんの曲名には、一見するとちょっと変わったものもあります。

  • 初恋 ←わかる
  • 踊り子 ←わかる
  • だめですか? ←お?
  • だっこちゃん ←おお?
  • タカハシ ←おおお?

お陰様で検索はしやすいのですが。

 

また、中にはタイトルで中身を予想させておいて、実際には歌詞が予想を裏切り、しかもその裏切られた先の内容がめちゃくちゃ切ない、最高の罠のような曲もあります。

ちゃんと後述します。

 

顔が良い

「村下孝蔵」で画像検索するとわかるのですが、見た目はどこにでもいそうな普通のおじさんです。

でも、まずこちらのジャケットをご覧ください。

見ましたか?

 

で、次にこちらですよ。

 

いや、ずるくないですか?(かわいい)

 

それぞれの曲について

ここからは、いくつかの曲について語っていこうと思います。

最後にはなぞなぞを用意してますので、長文を読むのがしんどくなってきた方は、最下行までスクロールしてください。

そしてよかったら、曲をいくつか聞いてみたあとで、こちらのパートのことを思い出して、「そうかねえ」と思いながら読んでもらえたらうれしいです。

 

初恋

この曲については、さっき上で語りましたよね。

で続きなんですが、この曲の最後のフレーズは音源によって、繰り返すバージョン(おもにCDに収録されているバージョン)と、2回の繰り返しで切るバージョンとがあります。

みなさんはどっちが好きですか?

 

いやまあどっちも好きなんですけど、僕は 歌人-ソングコレクション- を繰り返しきいていたためか、同CDに収録されている繰り返すバージョンのほうが馴染み深いんですよね。

でも、繰り返すバージョンは村下さんの声が重なっている箇所があります。

なので、カラオケでは正確に歌えないんですよ…そこがちょっとつらい。

 

また、初恋はたくさんのアーティストさんにカバーされています。

みなさんお上手だし、それぞれのテイストが出ていて良いと思います。

でも僕の場合は、それらのいくつかカバーされたバージョンを聞いていると、村下孝蔵さんの歌声が恋しくなってきてしまうんですよね…

ディスる意図はないのですが、個人的な意見としては、村下孝蔵さんの本家が一番だと感じてしまいます。

 

陽だまり

はい、村下さんの曲の中でおそらく2番目に有名な曲です。

なぜかというと、アニメ めぞん一刻の OP 曲だからです。

村下さんを知らなくても、めぞん一刻は知っていて、この陽だまりは知っているという人には結構な数出会いました。

 

この曲もまた歌詞が素晴らしいので、まず見てみてください。

陽だまり 村下孝蔵 - 歌詞タイム

 

全体的に曲も爽やかで、恋や愛の喜びを謳歌している内容です。

そして、よく読んでいただけるとわかると思うのですが、この曲には二人の関係性が特徴的な単語の移り変わりで表現されています。

それは、「望み」「祈り」「誓い」です。

見つけられましたか?

 

つまり、互いの心の内にある望みが、二人で共有する祈りに変わり、第三者に宣言する誓いに変わるのです。

めぞん一刻のOPなのも納得できますよね。

 

ゆうこ

個人的な解釈ですが、この曲は囲われた女性か、もしくは心に深い傷を負った女性に恋をした年若い青年の心情を歌ったものではないでしょうか。

相手の女性の名前が、そのままタイトルになっています。

 

ゆうこ 村下孝蔵 - 歌詞タイム

 

しかしながら、お気づきでしょうか。

歌詞に「ゆうこ」という言葉は入っていません。

主人公は、本当はそうしたいのに、相手を「ゆうこ」と下の名前で呼ぶことすらできないのです。

歌詞に表れない主人公の心の中を表現したように、追従して流れるコーラスの中でだけ、主人公は「ゆうこ」と呼びかけています。

 

自分には女性の悲しみを救えないと知りながら、それでいて気持ちを抑えることができず、もどかしい。

「ゆうこ」はおそらく、そういう曲です。

 

踊り子

踊り子 村下孝蔵 - 歌詞タイム

 

こちらは2番の1フレーズ目がとても印象的です。

なぜ「表紙が取れ」てしまったのか、とても気になりますが、歌詞の中にその説明はありません(そこがまたにくい)。

 

サビの1フレーズ目も、二人の危うい関係性を匂わせています。

そして、ふたりともその危険さに気付いていながらも、踊りをやめることができない。

 

ひょっとしたらこれは、「ゆうこ」の青年のひとつの可能性の先なのでしょうか。

もしそうなのだとしたら、少し悲しい気もします。

 

ソネット

ソネット 村下孝蔵 - 歌詞タイム

 

こちらはとても短い曲です。

歌詞も短いですね。

 

ソネットとは十四行詩のことで、上記の歌詞タイムさんでは改行位置の問題で多くなってしまっていますが、フレーズごとに適切に区切るとこちらの曲も14行で構成されています。

 

そしてその内容は、14行という小さな構成ながら、しかし強く激しいものです。

単に心情について歌っているだけでなく、繰り返しによって自分に言い聞かせ、誓っているようにも思えます。

曲調は決して強くもなく激しくもないのですが、それがまた思いを強調しているようです。

 

いいなずけ

「いいなずけ」というタイトルですが、主人公にはいいなずけがいるわけではありません。

タイトルだけを見ると幸せラブラブな内容を期待するのですが…

 

いいなずけ 村下孝蔵 - 歌詞タイム

 

この曲は、「何らかの事情で愛を明かせない二人が、もし人生をやり直せたら、きっといいなずけと呼ばれていたはず」という曲なのです。

これが切なくなくて、いったいほかの何が切ないと言えるのでしょうか。

村下孝蔵さんは作詞の天才なのでしょうか。

 

春雨

ダイエット食の曲ではありません。

 

春雨 村下孝蔵 - 歌詞タイム

 

都会に出ていった男に捨てられた女性の歌です。

この曲もまた切なさを濃縮して還元せずにそれでいて飲みやすく提供され、気がつけばいつの間にか心情を乗っ取られているような、そんな感覚に陥る曲です。

 

とにかくサビがいい。

村下さんの声の伸びがいい。

それが切なさを最高潮に押し上げて、ふっと着地させる。

曲、歌詞、声のあわせ技の妙技です。

 

北斗七星

村下孝蔵ファンに「どんな家に住みたい?」と聞くと、「赤い屋根の家に住みたい」「小高い丘に建ってる」と答えるのは、この曲が所以です。

 

北斗七星 村下孝蔵 - 歌詞タイム

 

正直なところこの曲は、歌詞の内容について定まった解釈ができていません。

大人な二人が装って暮らしているようにも、本当に仲が良いようにも聞こえます。

ただ、「小高い丘の上に建っている赤い屋根の家」という情景が強烈に焼き付く曲であります。

 

ちなみに、この「赤い屋根の家」とは、村下孝蔵さんが通っていた喫茶店に由来するそうです。

 

少女

村下孝蔵さんの曲には、しばしば「少女」が登場します。

 

少女 村下孝蔵 - 歌詞タイム

そして、この曲の歌詞はひたすらに、ある少女について語られているものです。

しかもそれはただの少女ではなく、「僕だけの」少女です。

 

おやおやおや

それゆえになんとなく「ん?」と思わなくもない曲なのですが、曲自体が素晴らしいのでそんな勘ぐりをどこかへ追いやってしまいます。

追いやってしまってください。

 

個人的にですが、この曲と「ねがい」という曲を聞くと、おおた慶文さんの絵を思い出します。

 

ほかにももっと色々と書きたい曲がたくさんあるのですが

すでにアドベントカレンダー担当日の日付が変わってしまったので、ここで投稿しようと思います。

どの曲もおすすめですが、以下に自分のおすすめ曲を列記します。

  • 愛着
  • すみれ香水
  • この国に生まれてよかった
  • ロマンスカー
  • 夢からさめたら
  • しゃぼん玉
  • 結婚式
  • タカハシ
  • 屋台酒
  • 下宿部屋
  • 引き算
  • 花れん ←僕が一番好きな曲です

 

そして、最後に謎をひとつ

あぃまぃみぃ!ストロベリー・エッグ」

 

 

村下孝蔵さんについて書けて幸せでした。

また、長文・拙文失礼いたしました。

渋谷 ランチ餃子レビュー

渋谷でランチに食べた餃子を思い出しながら感想を書いていくよ。

ランチで食べた店だけだから、ディナー専門店は当然載ってないよ。

ほぼ焼き餃子しか食べてないので基本的に焼き餃子の話しかしないよ。

最後に、掲載は順不同だよ。

 

立吉

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餃子

種類:焼餃子、水餃子

にんにく:なし

ひとつひとつのサイズはやや大きめ(ご家庭で作るサイズよりやや大きい)。にんにくが入っておらず肉がたっぷりで、6個もあれば普通は満腹になるだろう。セットではライス・キムチ・サラダ・スープがついてきて、先出しされるので、餃子が焼きあがるまでの間はサラダで場をつなぎ、いざ餃子が届いてからはキムチやスープで口直しが出来、ランチにストーリーを作りやすい。それでいて、セットの価格は800円程度とリーズナブルなのも嬉しい。

 

店内

店内はやや狭く、一部が明治通り側に張り出しているような形になっている。ランチの時間帯は非常に混雑し、並んでいる人がいることも珍しくない。そしてそれを店員さんの側も承知しており、接客にも反映されているため、気分は悪くなりにくい。もしも4人以上で来店する場合は近隣の別案を考慮しておきたいところだが、この界隈には他に餃子店が無い。逆に個人客の回転は早いので、一人でスッと行ってスッと食べて帰る、というスタイルには向いている。

 

 

むし焼包餃子

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餃子

種類:肉餃子、野菜餃子、ミックス餃子

にんにく:なし

ひとつのサイズはふつう(ご家庭で作るサイズ)程度。メニューに肉餃子と野菜餃子が存在し、それぞれ一個から注文出来るのが嬉しい。しかし、肉餃子の餡は本気でほぼ肉であり、野菜餃子もほぼ野菜で構成されているため、食べているとどうしてもいい具合に混ざったやつが恋しくなってしまう。そんな時のためにミックス餃子というメニューもあるが、これは一個からの注文は出来ず(たしか)、皮の種類も他の2種と異なり、餡の中の肉や野菜も何かが違っているようで、さながら謎の外国人助っ人選手といった様相を呈している。立吉同様、こちらもがっつり食べても800円程度と大変リーズナブルなのが嬉しい。

 

店内

やや広め。カウンターの他にテーブル席も3卓あり、4人で来店してもそこまで待たされることは少ないはず。1人で行って並ぶこともあまり無い。店員さんの接客も丁寧。

 

 

渋谷餃子

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餃子

種類:焼餃子、水餃子、揚餃子

にんにく:選べる(ニラの有無も選べる)

ひとつひとつはやや小さめ。しかしその分味付けは濃いめで、にんにく・ニラありにした場合はだいぶ濃厚な味わいになる。餡は量自体が多くはないが、肉・野菜の比率に偏りもまた少ない。注文単位は6個1皿ごとで、3皿食べれば満たされるといったところ。価格も1皿300円を切り、900円あれば十分となっている。また渋谷ランチで唯一揚げ餃子が食べられるのも良い。マヨネーズも付いてくるよ。

 

店内

広め。まず並ぶことはない。接客は丁寧でもなく荒すぎでもなく、一般的なラーメン屋ぐらいといった感じ。食後に爽やか吐息のタブレットをくれる。

 

 

餃子の王将 ハチ公前口店

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餃子

種類:焼餃子

にんにく:あり

言わずと知れた王将の餃子。ひとつひとつのサイズは大きめ。コスパも悪くない。3皿(18個)で十分だろう。余談だが、学生時代に部活動の仲間20人ぐらいで餃子の王将に行き、1人平均5皿(30個)ほど食した結果、店の餃子在庫を枯渇させたことがある。「次からは予約をお願いします」と言われたが、後日また予約せずに行った(そしてまた枯渇させた)。

 

店内

やや広い。しかし、それ以上に客が多い。1人で行くと相席になることもしばしば。店内もあまり綺麗とは言いがたいので、個人的には足が遠のいている。

 

 

タイガー餃子 宇田川町店

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餃子

種類:ぷっくり餃子、グラタンチーズ餃子、青葉水餃子、ベジタリアン餃子 ※すべて定食とセットで、単品はない

にんにく:なし

ぷっくり餃子しか食べていないが、おそらくこれが一番ふつうの焼餃子に近いものだと思われる。ひとつのサイズはやや大きい。餡には肉・野菜の他に春雨が入っており、にんにくも入っていないので、大きさの割にあっさりとした食感が楽しめる。しかしボリュームはしっかりとあるので、定食では並(6個)または大(8個)を選ぶことが出来るが、並を選んでおけば十分満足出来るだろう。お値段は並が880円、大が1000円。

 

店内

広い。そして綺麗。かつ接客が丁寧。駅から遠いのが難点か。Bunkamura に近いので、客層にはお金持ちマダムも多い。

 

 

まとめ

渋谷周辺には、ラーメン店に比べると餃子店が非常に少ない。ただでさえ少ないところから、ランチ営業をしている店舗を抜き出すと5店舗しか存在しない(もちろん、ラーメンの副菜として餃子を扱っている店舗は他にあるが)。

 

(※2016年12月4日追記 ここから)

5店舗のみと言っていたが、実際には以下の店舗を含めて7店舗存在していた。

このうち、餃子の王将 道玄坂店にだけは行ったことがある。

個人的には駅前店よりも美味しく感じた。

大阪王将にもそのうち伺いたい。

(追記ここまで)

 

お昼時の混雑具合では、立吉 = 王将 > むし焼包餃子 > タイガー餃子会館 = 渋谷餃子 の順で混んでいる。

 

またシーン別に分けるなら、以下のとおり。 

普通のご家庭で食べるような餃子が食べたいなら、むし焼包餃子がおすすめだ。

にんにくの効いた味がご所望なら、渋谷餃子へ行こう。

赤ワインに合うような肉々しさが欲しければ、立吉へ。

それらとは一風変わった創作餃子が食べたければ、タイガー餃子へ行こう。

王将はチェーン店なので、いつでもどこでも食べられる。

 

願わくば、渋谷に餃子店の増えんことを。

 

 

 

 

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餃子は健康食品